日本国民よ今こそ政治に身を投じよ

リーマンショックを超える経済危機だという報道がちらほらと出始めた。これは日本経済の崩壊を暗喩してるように思え、私も戦々恐々としている今日このごろである。この世界的大災害であるコロナ。日本における感染者数は世界と比べれば間違いなく低い方だったが予断は許されず、緊急事態宣言解除後も感染者が増えたり減ったりと自分の身を案じる人が絶えない時代へとなるだろう。私は政府の唱える「新しい生活様式」なる言葉が大変嫌いだ。何か否応がなく変わっていく社会を肯定的に捉え、社会にその適応を迫っているかのように聞こえたのだ。「元の生活」に戻れればそれが何よりの話で「新しい生活」など求めていない。今、コロナによって職や就職の機会を奪われ不安に戸惑う人が多いだろう。それはコロナのない「元の生活」であればここまで身に不安を感じることなく穏やかに過ごせたかもしれないがコロナ後の「新しい生活」において彼らは真っ先に取り残されてしまい自身の将来や身を案じざるを得ない。この不安は保障された地位にあぐらをかく政治家にはわからないだろう。今後日本経済、さらに言えば国際経済が冷え込むことが予想される中で彼らはこの不安を抱えたまま今年を過ごしていくことになるのだ。これは職業選択のミスを招く可能性がある。自分の将来の可能性を経済逼迫という脅迫によって狭まれ、台無しにすることも予想されるのだ。就職のために必死に資格を取り大学に通い、独自に学び自分の将来に夢をはせてきた若者たち、今の職にしがみつき必死に生計をたててきた貧困層、突如として発生した災害で本来予想されていた収益が見込めず税金や家賃、借金に悩む事業主、彼らの今後を政府は真摯に考えての結果がこれなのか。こんなにも酷い結果なのか。こんなに悔しいことはないだろう。この突然の災害であらゆる夢は絶たれ、多くの希望が潰えたことを政治家のどれほどが推察し汲み取ろうという意思を持っているのか。既得権益にすがる亡者共のどれほどがこれを理解できるのか。どれだけの人が死ぬ気で自分の生活や将来のために身を粉にして模索し考え実践しているのか理解できているのか。「自粛、自粛」の声の中で社会に冷ややかに見られてでも生活のために働いていた彼らの苦しみをどれだけの政治家が理解していたのか。いつから日本は自国民を省みず見殺しにする悪辣な国家へと変貌したのか。苦悩する人々の苦しみを軽視し見捨てることが今日の政治の在り方であるならばこれは絶対に淘汰されねばならない。失業した者も就職に悩む者も貧しさに嘆く者も経営に苦しむ者も夢や希望を奪われ悲嘆にくれる者も現政権にそして今の政治に不満を持つ全ての者よ。立ち上がるべきである。悪辣な政治を壊し、肥大する官僚組織を是正し、現在の閉塞した民主主義を打破し開かれた日本国の全国民のための政治を自由を重視し救われるべき人間が救われる。悪辣な政治体制を淘汰し国益を損ない国民のことを考えない議員を淘汰し、徹底した競争によって日本国民との約束を守り国家国益のために命を懸けて国政に名乗りを上げるもの支持し噓つきを淘汰し当たり前のことを当たり前と言える国家へとこれを機に変わるべきだ。命がけで自分の生活のために戦う人たちよ。今こそ政治へと参加せよ。今ではネットで様々なコンテンツが配信され政治や社会に対して学ぶことのできる手段は増えている。政治について片手間でもいいから学び、次の国政選挙では国民の声を聞き形にして表せる議員を送りこむ。約束を守らなければ噓つきだと徹底的に攻め上げて自らの声を上げよ。政治生命を追われるほどに晒し上げ国民の本気を見せつけるのだ。主権は国民にある。立ち上がれ日本人。あらゆる国益を損なう悪を叩きつぶし日本人の日本人による日本人のための政治を、誰一人としてこの危機の中で自殺などといった形で人生を終えるような人を出さないために国家に求めるべきだ。断固とした姿勢でやつらに命を懸けるように攻めあげるのだ。逃げ出したならそこまでだったのだ。政治は金もうけの手段ではない。国家国民の人生を左右し人の命も奪いうるものだということを知らしめる時が来ている。今日、あらゆる危機に瀕し苦難・悲嘆と向かい合う全ての人に向けて団結し政治に身を投じよ。一日でも早く日本が自由主義の旗を掲げ、国民が活気のある社会へと戻れることを願って。

Polimos オカソ

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