【逆から見る日本政治史 6-1】平成の変人は世渡りの達人~小泉政権~

【逆から見る日本政治史 6-1】平成の変人は世渡りの達人~小泉政権~

 政治家に必要なものとして昔から「3バン」と言われるものがある。「3バン」=「地盤・看板(知名度)・鞄(金)」だ。小泉純一郎氏は世襲政治家として地盤を引き継ぎ、地盤での知名度は十分(看板)、そして地元の名士として金に問題もなかった。小泉純一郎氏を分析する上で重要なのは、派閥に入ることのメリットが彼にはあまり関係なかったということだ。

 議員たちが派閥に入るメリットは派閥のドンから選挙支援のための資金を提供してもらい、選挙の際に派閥の有名議員に応援してもらって知名度を上げてもらうことである。

 さらに特徴的なのは彼はやりたいことはあるが、それは思想を背景としたものではないということだ。小泉政権を新自由主義的というが、その評価が妥当とはいえない。小泉氏当人は郵政民営化を90年代前後から言い出しており、この一点のみの達成が目的であとは周りに任せている節がある。この二点を踏まえて考えると、平成において長期政権を達成した一政治家の本質が見えてくる。

・無派閥なのか?

 小泉純一郎氏は自民党派閥政治を破壊した無派閥政治家だという印象は間違いである。彼は政権の座につくまで子分がいなかったがゆえにそう印象づいただけに過ぎない。小泉氏は福田赳夫氏の秘書をやっていたところから福田氏の派閥である「清和会」に属している。自民党の派閥、二大系譜として「平成研究会(田中派→竹下派)」と「清和政策研究会(福田派→安部派→森派)」があるわけだが、小泉氏はこの二大派閥の片方に属し、そして相手方の自らの派閥に勢力を持たず、政治経験を積みながら様々な派閥の人間と交流し関係をつくっていったのだ。ゆえに彼を無派閥政治家というのは不適切で、単純に政治ゲームが上手な人だったというのが適切だろう。

・小泉政権誕生は自民党内政権交代の達成

 平成に入ってからの政治は自民党内で竹下登氏率いる竹下派が主流派だった。竹下派の息のかかった政治家が総理になる慣例が続き、外交では親中、内政は利権重視の政治が行われていた。この竹下派が政治の実験を握っていた状態が小泉政権になると完全に崩壊する。2000年に当時の小渕首相が死去し、続くように竹下氏も体調を崩し入院、小渕首相の急死によって次の政権担当者が密室で決められるという民主主義関係なしの談合の末、森喜朗氏が首相に選出。ここに長く非主流派だった清和会が政権を握ることになった。ここから竹下派の勢いに陰りが見え始め、現在に続く「清和会」の時代が始まる。森氏は失言が多く、国民からの支持は下がる一方だったが、その裏で着々とこれまでの自民党政治の流れの転換を図っていた。

 小渕前首相の残りの総裁期間を担当するという建前で首相をやっていた森氏は2001年の総裁選には立候補せず裏方に回る。ここで満を持して登場したのが小泉氏だ。森氏が首相在任中に派閥のトップとして「清和会」をまとめ、当時YKKコンビとして語られた小派閥のトップと仲良く、さらには竹下登氏なきあと、分裂した竹下派の中で参院のドンとして影響力を持っている青木幹雄氏の力も借りて自民党内で支持を固めたのだ。このような構図の下で行われた2001年自民党総裁選は小泉氏が勝利、ここに竹下派の時代から新しい自民党の時代へと党内政権交代が起きたのである。

・長期政権の秘訣

 日本の総理大臣は他国と比べて在任期間が短い。戦後が大体1.2年であり、これはイタリアに並ぶ、先進国でも圧倒的な不安定さだ。このような結果になる要因は多々あるが、今回は逆に長期政権になる要因を紹介する。

 まずは党内をまとめられているかだ。小泉氏は党内の様々な派閥と関係を持っていただけでなく党の重要な所を抑えていた。それは幹事長と参議院だ。幹事長は党内のまとめ役であり、参院を抑えることはスムーズな政権運営に繋がる。幹事長はYKKコンビの一角である山崎拓氏から安倍晋三、そして「偉大なるイエスマン」と称された武部勤氏と小泉氏と関係のある人間が勤め、参議院は青木幹雄氏が影響力を持っていた。こうして盤石な党内運営基盤をつくり、その中で勢いの弱まった旧竹下派と対立を深めていくのである。

 次に官庁の要所を抑えることだ。これもまた政権運営においては重要だ。敵対勢力が多いと行政運営が難しくなる。小泉氏は大蔵政務次官を経験して大蔵省(財務省)と関係を持っており、あくまで竹下派の勢いを削ぐことを目的とした内政運営が多くみられた。郵政省の民営化は彼の信念のためだが、あとの道路公団民営化などは道路族議員の利権排除が目的と考えられる。

 最後に景気の回復だ。小泉劇場とまで言われた政治手法はポピュリズム的に聞こえるが、ポピュリストが支持を受け続けるのは結果が出ているからである。小泉氏は簡潔な言葉でメッセージを送り、重要な選挙では敵を明確に宣言して対立構図をはっきりさせるのだ。さらに小泉氏の時代は日銀に金融緩和を行わせて一時的に景気を回復させた。これも相まって国民からの人気を常に獲得し選挙では常勝、この民主主義の結果に基づく正当性には官僚も逆らうことはできないのだ。景気の回復が国民からの人気へと繋がり、それに基づく選挙結果が行政の横暴に蓋をする。まさに小泉政権は賛否両論あれ成果の多い政権であったことは理解できるだろう。

Polimos代表 オカソ

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