【隷従への道②】自由主義の誤解と個人主義の重要性

【隷従への道②】自由主義の誤解と個人主義の重要性

・なぜ保守主義と自由主義は一緒にされるのか

 これは本編では話してない内容だ。これは現在でも問題になっている。「保守主義=自由主義=右」という括りは本来であればありえないことなのだ。なぜなら自由主義という思想は保守主義に対抗するための思想として生まれたからだ。保守主義は元来の国家体制の維持を望んでいるので、規制や特権階級の地位保護などを行っていた。これに対して自由主義はこのような保守政治では自由が達成されないと感じ声を挙げた。

 これらが混同されるようになった理由として社会主義の存在が挙げられる。保守主義と自由主義では社会主義に対する反発の理由が違う。自由主義は社会主義が引き起こす自由の抑圧に反対し、保守主義は社会主義という急進的な社会転換について反発している。しかし両者は反社会主義という点で合致しているため同じような扱いをうけるようになってしまったのだ。これをハイエクは嘆いていた。なんでも単純化するあまり反社会主義かどうかで二極化されてしまった。このなんでも二極化する姿勢は今日においても継続している問題であり、これが議論の委縮や困惑を生んでいる。

・自由主義とは何か

 自由主義というと「市場重視だから弱者に厳しい」という意見や自分勝手との揶揄がされる。確かに自由主義が市場重視というのは事実だ。しかし、果たして本当に弱者に厳しいのだろうか。新自由主義者と言われるミルトン・フリードマンは貧困層の存在について相当の理解があっただろう。これは彼がベーシックインカムや負の所得税なるものを提案しているところから推測できる。全員が弱者のことを考えていると断言こそできないが、そうやって一括りにすることはそうではない人の言論を封殺してしまい、危険な現象と言える。

 「自由主義とは何か」という内容について、ハイエクは「不変の教義はない」「規則はない」「社会の自発的な力をできるだけ活用し強制力を排除する」という3つを挙げている。これはあくまで自由主義は保守主義の対抗思想として誕生したことが影響しているだろう。彼らにとって重要なのは経済的な自由が社会的自由、そして政治的自由につながるという発想のもと、市場活動を抑制するような規制を撤廃することだ。これに教義は存在しない。あくまで現実を捉えての行動でしかない。

 さらにただ闇雲に規制や法律をなくしていくわけではない。こういう点で原理主義ではないのだ。ハイエクは「隷従への道」の後に秩序についての著作を発表している。これすなわち自由主義者が無政府主義者と違う決定的な部分ではないだろうか。自由主義者はリバタリアン程政府に懐疑的ではない。政府の存在も認めているのだ。

・個人主義とは何か

 個人主義もまた誤解の多い思想だ。しかし、この誤解を解消する説明をハイエクは提示している。それは「個人主義とは他者を尊重すること」だ。これは17世紀、欧州が宗教戦争で泥沼だった時、ウェストファリア条約で確認された、自由の精神そのものだった。

・なぜ自由主義社会は社会主義社会へと突き進んだのか

 ハイエクはこの題目について、明快な答えを出していた。自由主義社会の生み出した繁栄が人々の欲望を駆り立て、より一層の富の拡大、権利の拡大を自らの手ではなく政治権力によって簡単に実現しようとしたということだ。これは現在にも言える「権利と義務」の関係そのものではないだろうか。我々は未だ20世紀の宿題の解決に追われているのではないかと考えさせられる内容だった。

それでは次回がいつ投稿できるかは未だ不明ですが、しばらくお待ちください。

Polimos管理人 オカソ

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