【PNNさらっとわかる現代社会(公民)】戦前の天皇は絶対君主だったのか

【PNNさらっとわかる現代社会(公民)】戦前の天皇は絶対君主だったのか

・今もある誤解

 私を政治学に導いてくれた教授は「大日本帝国は憲法についてドイツの影響が大きいため、議会軽視で立憲君主制かは怪しい」と私に話していた。これは昨年の経験だが、半分正解で半分不正解だ。大日本帝国が憲法についてドイツに学んだところが大きいというのは正しい。なぜなら大日本帝国憲法の草案作成に関わった伊藤博文はドイツの法学者シュタインに影響を受けている。しかし、影響を受け起草したからといって大日本帝国憲法の運用がドイツ帝国のようなものだったかというと怪しい。

 ドイツ帝国の首相と言えばビスマルクだ。彼は優秀な政治家として有名だが、議会の話はろくに聞かなかった。さらにはドイツ皇帝を脅迫し、政策を実現するなど、結果としては優秀だが、それ以外はどうだろうか。

 一方、大日本帝国の首相はビスマルクとは大違い。議会は無視できない。なぜなら予算議決権を握っているから。予算は国家の意思である。これを握られている以上、下手なことはできない。黒田清隆首相の超然演説を持って議会軽視と見る視点があるが、実際、桂園時代が来るまで大日本帝国の首相は長くて約2年、短いと1年といったもので全然安定した政権運営ができていないのだ。ここだけ見てもドイツ式というのは怪しいということがわかるだろう。

・ 絶対王政だった?

 絶対君主とは何かという話だが、簡単にすると「神」だ。国王が法律を作り、政治を行い、裁判を行う。これこそ絶対王政であり、フランス革命で倒されたものだ。大日本帝国において天皇が絶対王政だったなんてことはまったくない。次に主権についてだが、これは王様による統治を正当化するために形成された概念で、日本には歴史上当てはまらない概念だった。ゆえに大日本帝国において天皇主権でしたかというと絶対王政でないだけでなく、そもそもその概念が規定されてない以上、絶対王政と判断することには無理がある。

 大日本帝国憲法において君主についての規定は第一条から第四条までである。第一条+第二条は今の日本国憲法第一条にあたるものだ。次に第三条の「神聖不可侵」についてだが、これは天皇が三権(立法+行政+司法)を直接行使しないことを定めている。そして第四条でそれらを守ると述べているのだ。天皇が明治以降自ら政治権力を行使した例は数少ない。その一部を持って主権者だったと述べるのは切り取りでしかなく誤解を招き続けるだけである。

・大日本帝国憲法は緊急時における対策があった

 大日本帝国憲法において重要なのは、統治者が誰か明確だったことだ。これは現在とは違う。大日本帝国憲法においては天皇が統治権を有していて、それを臣下(内閣など)が行使することになっている。しかし、緊急時において内閣不在や政府機構が麻痺した場合、天皇は自ら統治者であるがゆえに権力を行使し、社会の平穏をつくった。東日本大震災の混乱と比べてどちらがいいのか。

例.二・二六事件

閣僚暗殺の報の中、昭和天皇は方針を発表し速やかな鎮圧を行った。

・読めばわかること

 大日本帝国時代への誤解は未だあふれている。別に大日本帝国の時代が完璧で短所のない時代だったとまで礼賛しないが、今より主権国家していたという点でましだったと思うだけだ。敗戦して全て壊れたが、それは復活できないことを意味してはいない。年だけ重ねたわけだが、未来のために誤解の払拭、歴史を明るく見るのではなく正しく見ると何をすればいいかが見えてくる。

勉強になる本たち

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